人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学
人間が提案し、科学が探求し、技術がそれに従う。
人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学
とりあえず、楽しみの社会学を先に読んでおいて正解だった。
基本的に「人が技術を使う」のであって「人が技術に使われる」のはおかしいという主張であり、全くそのとおりだなと思う。
前半は技術の使われ方としてのユーザーインターフェースについて、例を挙げながらそれぞれにそれぞれの適切な適用例を交えつつの主張が展開される。
個人的に面白かったのは後半で、ここで楽しみの社会学で触れられたフロー体験を元に、人間は体験モードにより誘惑され、逆に内省的思考の維持に苦労しがちだという点。
内省的思考の補助としての体験モードを技術の利用によって得ているのであればいいのだが、単なる体験モードを技術による垂れ流しから感受する――要するにTV漬け――という状態は「果たして技術を使っている」と言えるのだろうか、と。
著者自身は上記のような「技術に使われてない?」というような状況が人間から内省的思考の習慣を奪い取ってしまいかねないという危惧を持ちつつも、技術を全否定するスタンスではなく、つまるところ技術をどう使うか(使われるか)はその人間の心次第だというスタンスを取っている。
そして、技術が内省的思考を補助するためのツールであるように、技術も人も発展していくべきだというあたりか。
原書執筆が1993年ということで、まだインターネットの普及前の本なのだが、果たして双方向メディアと言われるインターネットが著者の希望通りの「内省的思考を補助するためのツール」になっているだろうか?
まあ、もちろん使う人間によりけりなのだが、相互のつながりが容易になりすぎて逆に、そのつながりに流されている気がしなくもない。(世間一般的に流行ってるmixi疲れとか(笑))
自分自身、一昨年あたりからアンテナは自体は広めにしつつも、定期巡回の先は極力減らしてきた。
検索エンジンやRSS配信といった技術が急に発達してきてはいるが、その技術を持ってしても増え続けるWebPageのノイズが酷いからでもある。(もちろん自分も多くの他人にとってはノイズだろう(爆))
ぶっちゃけ、自分ですべてのアンテナをチェックしてたら、99%のノイズのためだけにゲームや読書の時間すら確保できないんじゃないかと思ったりもする(笑)
すでに領域的には本との出合いと同じで「本当に読むべきページはいったん見逃しても、本当に必要なときには出会える」という考えに近い。
だからこそ、今、内省的思考をすべく本を読んだり、(脳トレじゃない(笑))ゲームしたり、くだらん雑記を書き続けてたりする時間が持ててるのだろう(笑)
人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学とりあえず、楽しみの社会学を先に読んでおいて正解だった。
基本的に「人が技術を使う」のであって「人が技術に使われる」のはおかしいという主張であり、全くそのとおりだなと思う。
前半は技術の使われ方としてのユーザーインターフェースについて、例を挙げながらそれぞれにそれぞれの適切な適用例を交えつつの主張が展開される。
個人的に面白かったのは後半で、ここで楽しみの社会学で触れられたフロー体験を元に、人間は体験モードにより誘惑され、逆に内省的思考の維持に苦労しがちだという点。
内省的思考の補助としての体験モードを技術の利用によって得ているのであればいいのだが、単なる体験モードを技術による垂れ流しから感受する――要するにTV漬け――という状態は「果たして技術を使っている」と言えるのだろうか、と。
著者自身は上記のような「技術に使われてない?」というような状況が人間から内省的思考の習慣を奪い取ってしまいかねないという危惧を持ちつつも、技術を全否定するスタンスではなく、つまるところ技術をどう使うか(使われるか)はその人間の心次第だというスタンスを取っている。
そして、技術が内省的思考を補助するためのツールであるように、技術も人も発展していくべきだというあたりか。
原書執筆が1993年ということで、まだインターネットの普及前の本なのだが、果たして双方向メディアと言われるインターネットが著者の希望通りの「内省的思考を補助するためのツール」になっているだろうか?
まあ、もちろん使う人間によりけりなのだが、相互のつながりが容易になりすぎて逆に、そのつながりに流されている気がしなくもない。(世間一般的に流行ってるmixi疲れとか(笑))
自分自身、一昨年あたりからアンテナは自体は広めにしつつも、定期巡回の先は極力減らしてきた。
検索エンジンやRSS配信といった技術が急に発達してきてはいるが、その技術を持ってしても増え続けるWebPageのノイズが酷いからでもある。(もちろん自分も多くの他人にとってはノイズだろう(爆))
ぶっちゃけ、自分ですべてのアンテナをチェックしてたら、99%のノイズのためだけにゲームや読書の時間すら確保できないんじゃないかと思ったりもする(笑)
すでに領域的には本との出合いと同じで「本当に読むべきページはいったん見逃しても、本当に必要なときには出会える」という考えに近い。
だからこそ、今、内省的思考をすべく本を読んだり、(脳トレじゃない(笑))ゲームしたり、くだらん雑記を書き続けてたりする時間が持ててるのだろう(笑)