エモーショナル・デザイン
美しいものには寛大になるよな。
エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために
つまるところ、多少使いづらくても美しいものであれば愛着が湧くし、使いづらさを人間の方で克服してしまえれば「これはいい物だ」とか思うこともあるんで、「確かになぁ」とうなずける。
この本の中では、それら物のデザインを「本能」「行動」「内省」という三つにわけ、それぞれがどのように使用者の感情に訴えかけているかを解説している。
「本能」はパッと見の直感的感情に訴えかけるもので、すなわち「美しさ」。「行動」は実際に使用する際の「機能」面。「内省」はその物へに関連する事項の「客観視」というあたりか。
これら三つのどれもが単独で物を成り立たせる要素があるものの、面白い点としては同時に起こるようではイマイチという点。
直感に対して「美しい」と思えるものは、「美しい」という感情と「なんで?」という「内省」な疑問が同時に来るわけではなく、あくまで「美しい」と思ったあとに「なんで?」とくるはずだ。
この前、XBox360のシルフィードのムービーを見たときに頭領と話したのだが、「何がしたいんだ、このムービー」とそれを見ている最中に思われるようでは、すでに本能レベルへの訴えかけが破綻し、内省レベルでの突っ込みを想起させてしまっている時点でダメだろうと。
本来、終わったあとのゲームに対する没頭を促すためにあったはずのムービーが、逆にゲームに対する不信感を煽ってしまっていてはなぁ。
その点、デッドライジングのムービーからゲームへのスムーズな以降は素晴らしかったな……
エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのためにつまるところ、多少使いづらくても美しいものであれば愛着が湧くし、使いづらさを人間の方で克服してしまえれば「これはいい物だ」とか思うこともあるんで、「確かになぁ」とうなずける。
この本の中では、それら物のデザインを「本能」「行動」「内省」という三つにわけ、それぞれがどのように使用者の感情に訴えかけているかを解説している。
「本能」はパッと見の直感的感情に訴えかけるもので、すなわち「美しさ」。「行動」は実際に使用する際の「機能」面。「内省」はその物へに関連する事項の「客観視」というあたりか。
これら三つのどれもが単独で物を成り立たせる要素があるものの、面白い点としては同時に起こるようではイマイチという点。
直感に対して「美しい」と思えるものは、「美しい」という感情と「なんで?」という「内省」な疑問が同時に来るわけではなく、あくまで「美しい」と思ったあとに「なんで?」とくるはずだ。
この前、XBox360のシルフィードのムービーを見たときに頭領と話したのだが、「何がしたいんだ、このムービー」とそれを見ている最中に思われるようでは、すでに本能レベルへの訴えかけが破綻し、内省レベルでの突っ込みを想起させてしまっている時点でダメだろうと。
本来、終わったあとのゲームに対する没頭を促すためにあったはずのムービーが、逆にゲームに対する不信感を煽ってしまっていてはなぁ。
その点、デッドライジングのムービーからゲームへのスムーズな以降は素晴らしかったな……